大阪府泉大津市にある図書館「SHEEPLA(シープラ)」館長。2000年に熊本県の学校図書館での勤務から始まり、その後、鹿本町図書館、益城町図書館、くまもと森都心プラザ図書館と、様々な地域の図書館の立ち上げに貢献。2020年からはSHEEPLAの館長として、バイオフィリックデザインを取り入れた図書館を立ち上げ、その運営を手掛け。また、講演や様々な社会活動を通じて知識の共有と情報の発信にも積極的に取り組む。今回はバイオフィリックデザインの重要性や効果について知見を得るために、バイオフィリックデザインを取り入れた図書館を立ち上げた河瀬館長へお話を伺いました。
インタビュアー(左)
大和リース株式会社 広報宣伝部長 岸田佐和子
図書館というと、多くの人が静かな空間を想像するかもしれません。しかし泉大津市の図書館「SHEEPLA(シープラ)」の館長である河瀬さんの言葉に耳を傾けると、その静けさの中にも、コミュニティの活気と温もりを感じます。
河瀬さんの熊本から大阪へのキャリアを追うと、図書館がただの知識の貯蔵庫であるだけではなく、地域の人々の生活に密接に結びついた存在であることがわかります。このコラムでは、河瀬さんの図書館への情熱と、バイオフィリックデザインを取り入れた取り組みに焦点を当てます。
泉大津市の図書館SHEEPLAでは、河瀬さんがその理想をどのように実現しているのか。
バイオフィリックデザインの導入はどういったメリットをもたらすのか? 河瀬さんの創造する図書館の新たな役割と魅力を、このインタビューで探りましょう。
バイオフィリックデザインとの出会い
ところで、バイオフィリックデザインとは、空間に自然の要素を取り込み、幸福感や生産性を向上させることを目的としているアプローチです。ストレスの軽減、集中力の向上、そして全体的なウェルビーイングの向上を期待できるものです。
河瀨館長のバイオフィリックデザインと図書館でのキャリアは、熊本から始まります。幼少期に地元の学校の図書館(しかも、珍しいことに司書がいる)で過ごした時間が後の人生に影響を与えたようです。
大和リース 岸田 佐和子(以下、岸田):バイオフィリックデザインに焦点を当てつつ、個人的な視点からも図書館について伺いたいと思います。河瀬さんがどのようにしてこの図書館と出会い、幼少期からのご経験が現在の仕事にどのように影響を与えているのか、具体的な経緯を教えていただけますか?
図書館との出会い
SHEEPLA館長 河瀬裕子様(以下、河瀬様): 小学校1年生の頃、学校の図書館は教室の真上にあったので、休み時間にはよく図書館に行っており、本を全部読んでしまうのではないかというくらい入り浸っていました。
文学少女ではありませんでしたが、図書館の先生としゃべったり、皆であそんだり。振り返ると、家にもたくさんの本がありました。毎晩父と母が絵本を読んでくれ、それが寝る前の習慣となっていました。
岸田:図書館の司書さんからどのようなことを学ばれましたか?
河瀬様:そうですね、図書館の使いかた……分類ごとに本が並んでいますよ、とか。昔はパソコンが無いから目録を見て本を探す方法とか、目録の書き方とか。漠然と「将来は図書館の人になる」って言っていました。図書館での時間を楽しんでいましたが、実は本を読むこと自体が特別好きだったわけではありません。おそらく図書館という空間そのものが好きだったのでしょう。
岸田:他の場所、例えば理科室や音楽室とは違って、図書館の空間がお好きな理由は何ですか?
河瀬様:紙や印刷の匂いかなと思います。ある取材中に気づいたのですが、私の家族は代々うちわを作る職人で、家の中は常に紙やのり、ニスの香りがしていました。うちわ作りには、何度も重ね塗りし、竹に貼り付ける工程があります。庭先に竹が干してあったら「もうすぐ暖かくなるなー」と季節を感じていました。家に帰ってきた時にニスの匂いがしたら春です。
これが、私が図書館の空間を愛する理由のひとつかもしれません。
バイオフィリックデザインへの関心
岸田: 図書館との出会いが河瀬さんのストーリーに深く関わっていることが分かりました。バイオフィリックデザインに興味を持ったきっかけは何ですか?
河瀬様: バイオフィリックデザインについて初めて聞いたのは熊本の駅前図書館にいたときです。新しくなった駅前の商業施設が、建物の中に緑がたくさん取り入れられていたり、滝があったり……と、バイオフィリックデザインを取り入れていると聞き、興味を持ちました。
岸田: 自然を取り入れたデザインに対してどのように考えていらっしゃいますか?
河瀬様:最初の勤務地は熊本市内の有明海側にある学校の図書館も窓を開けると山や海が見えるような環境でした。図書館の中ではハーブを育てたり、棚の上に小さなグリーンを置いたりしていました。最初に立ち上げに携わった鹿本図書館では、中庭に本物の木を植えるなどの取り組みもありました。
森都心プラザにいた時は、館内の十数か所に1メートルほどの木を置いたり、アロマディフューザーを設置したりしました。これらを振り返って総合的に考えると、バイオフィリックデザインでした。
このシープラも、バイオフィリックデザインの要素を取り入れ、訪れる人がリラックスできる空間を目指しています。今までの図書館では緑やアロマ、音を別々に考えていましたが、今回はそれらを一緒に考え、図書館に合う家具を用いて空間をまとめました。
市民交流コーナーをリフレッシュコーナーとして、より交流を促す空間を設けることで、図書館をコミュニティの場として機能させています。
コミュニティとしての図書館
岸田: 館長が考えてらっしゃる理想の図書館、期待する在り方はどんなものでしょうか?
河瀬様: もっと生活の中に入っていきたいんです。例えば、子供の名前何にしようとか、健康診断に引っかかっちゃったどうしようとか、今晩の晩御飯何にしようとか、自己破産したいけどどんな手続きあるんだっけ。とか、 今日見たテレビで言っていたこれってどういう意味?といった生活の中の疑問を全部図書館に持ってきてほしい。疑問が生じた時に、「次に行くべきは図書館だ」と思ってもらえるようになり、「図書館に行けば何とかなる」と感じていただきたいのです。
岸田: 図書館がビジネス支援にも力を入れていると伺いました。起業家に対してもアドバイスを提供されているのでしょうか?
河瀬様: 元々、文部科学省がビジネス支援、医療情報支援、子育て支援など、多岐にわたる情報支援サービスを積極的に行うよう図書館に求めています。多くの図書館はビジネス書や啓発本に重点を置き、ビジネス支援コーナーを設けていますが、私たちはそれに留まりません。ビジネス関連資料では大阪だと中之島図書館がトップクラスですが、中之島か泉大津かって言われるぐらいには力を入れています。
商用データベースも9種類と豊富に取り揃えており、一般的な新聞記事検索に加え、マーケティング情報や有価証券報告書も閲覧可能です。
また、ビジネスライブラリアンという資格を持つスタッフが現在3名おり、4人目も取得に向けて努力しています。図書館ってこのような機能も持っているんです。
ビジネスパーソンに「図書館を利用してください」と言うと、多くの方が「本を読む暇がない」と答えます。しかし、仕事をしている以上、調べ物をする機会は非常に多いはずです。そのような時、図書館を活用していただければ、検索や情報収集に費やす時間を短縮できます。だからこそ、もっと便利に図書館を使ってほしいと思っています。
バイオフィリックデザインの導入メリット
河瀬館長はバイオフィリックデザインを取り入れる、つまり自然の要素を取り入れることで図書館をより魅力的で心地よい場所に変え、訪れる人々のストレスを軽減できると感じています。
実際、西日本花き株式会社と兵庫県立大学が共同で行った研究によると、緑豊かな空間での短時間の視覚的接触がストレス軽減に効果的であることが示されています。
これは、シープラで緑のある環境で学ぶ学生たちが、それがない環境に比べて学習効率が高いと感じていることからも明らかです。「緑があるとないとでは勉強の効率が違う、ないなんてもう考えられない」とアンケートにコメントを残した学生もいるようです。
河瀬館長はさらに、バイオフィリックデザインの導入がクレームの減少にもつながったと報告しています。
生産性が上がる、ストレスを軽減できる
岸田: バイオフィリックデザインがもたらすメリットや効果について、河瀨さんはどのような効果を感じていますか?
河瀬様: 一番大きな効果はクレームが減ったことです。
以前は、リフレッシュコーナーで若者たちが少し話しているだけで、「図書館って静かにするべきところなのに」って、カウンターにお叱りを受けることがありました。
私たちは「ここは静かにしなくていい図書館ですよ」と周知していますが、ひそひそ声でも話が聞こえると気にされる方がいました。
バイオフィリックデザインを導入してからは、中学生がマクドナルドを買って持ち込み、時にはわーってなることもありますが「ちょっと中学生うるさいけど、まあ、空間気持ちいいからいいけどね」というお声に変わりました。
河瀬様: 実は、館内には「ここはこう使ってください」「何時間以内で」「離席は避けてください」といった指示を出す張り紙はしていません。
私たちは空間を通じて伝えたいのです。
直接指示を出すのではなく、お客様が自然に「ここはこんな風に使いたい」と感じ取って利用してくれればと思っています。
リフレッシュコーナーの導入は本当に成功で、思い描いていたような空間が実現しました。
岸田: ちょっとしたことですが、大きな違いがあるようですね。
河瀬様: リフレッシュコーナーの利用者数が明らかに変わりました。導入前、導入直後、導入半年後の利用者数を調査しました。スタッフが巡回して人数を確認すると、利用している人数が明らかに増えました。
他の席よりも居心地が良いからではないでしょうか。
夏休みや休日には、開館前に列ができることがあります。オープンと同時にリフレッシュコーナーの席がすぐに埋まることもあります。
年齢層に偏りがなく、学生だけでなく大人や小学生も利用しています。
注目すべきは丸テーブル。あのサイズの丸テーブルだとひとりが座るとパーソナルエリアっぽくなって他の方はなかなか座らないものです。しかし、中央に植物が置かれているだけで、4人の異なる人が異なる目的で座っています。高齢男性が横で調べ物をしている間に、小学生が勉強し、中学生が何かをしています。その狭いテーブルで多様性を見ることができるのは、新しい発見でした。
岸田:なんとなくわかります。真ん中にグリーンがあったら「ここからここまでが自分のエリア」と、自然と個人の空間が生まれるわけですね。周りを気にせずに済む。
河瀬さんが図書館を空間として認識されているように、ここのテーブルも一種の「空間」なんでしょうね。
河瀬様:運営側としても4人座れる席に1人しか座ってないのはもったいない。本来ならば知り合いでない限りは隣に座らないような場所が、異なる人々が集まる場所に変わりました。お客様が自然と「ここはこんな風に使いたい」と感じられるような空間を作り出すことに成功しました。
図書館の未来
岸田: 未来の図書館がどうなっていてほしいと思いますか?理想や希望があれば教えてください。
河瀬様: ここ数年、「賑わいの創出」と言われており図書館の地域活性化における役割も注目されていますが、図書館があるからといって自然に賑わいが生まれるわけではありません。図書館の運営側としては、積極的な取り組みが求められます。図書館利用者の動線を考える、例えば駅から図書館へのアクセスや、図書館から町へのつながりを強化する施策が必要だと考えています。
そして図書館もDXを遂げていくことが重要です。図書館は細かな作業に手を取られています。具体例としては、ミスによって本が違う場所に収納されたり、利用者が本を取って読んだ後に別の場所に置いてしまったりすることがあります。そのような場合、全部の棚を目視で探すんです。そのため、図書館では効率的な本の追跡システムが求められています。この作業をDXできれば、図書館職員はより多くの時間を利用者と向き合う時間にすることができるでしょう。市長も、調べ物は図書館に任せて市民と直接向き合うことが重要だと述べています。
岸田: なるほど、ありがとうございます。これからも図書館の進化に期待ですね。
河瀬様: はい、ぜひ期待していただければと思います。
まとめ
① バイオフィリックデザインの導入メリット
- ストレス軽減や集中力向上などの効果。
- コミュニティの活性化
- クレームが減少
- バイオフィリックデザインの導入により、図書館の利用者数が増加
② 図書館の未来
- 図書館の地域活性化やDXの重要性。
- 効率的な本の追跡システムの導入し図書館職員の利用者対応時間の増加を目指す
バイオフィリックデザインの導入事例